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zoom RSS 『邪馬台国三国志』古代史の常識と通説を疑え4〈天之国/倭国/倭奴国の生い立ち〉4

<<   作成日時 : 2014/08/20 07:25   >>

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‥‥厳之国→越のオロチ族〓越王勾践の子孫、夏后帝小康庶子の末裔オロチ族1
Bその後の天之国は那珂つ国一門に対して、呉の国流の国づくりや、集落全体を濠で囲って守る術を教える一方、広田(福岡県二丈町)など那珂つ国の集落に分け入って水田稲作の手ほどきもしていた。天之国はこうした努力を重ねて信任を得た結果、那珂つ国の背後について回って山陰道・山陽道・畿内の各地に分国を設置し、さらに奈良盆地の橿原に出先まで立ち上げていた。

V@前四世紀後半、蛇神を崇める越のオロチ族(越王勾践の子孫、夏后帝小康庶子の末裔)が江南から来襲して天地を破り、厳之国王朝を福岡平野に打ち立てた。この王朝は、豊葦原中つ国王朝、伊都国王朝、邪馬台国に発展した。
「倭人伝」、「夏后小康の子は会稽に封ぜられると、髪を切り、体に入れ墨して蛟竜の害を避けた。倭人の海士も海に潜って魚貝を捕え、体に入れ墨して大魚・水鳥を払いのける。・・倭への道程を計ると、会稽、東冶(福建省、台湾の対岸)の東にあたる。風俗・習慣・産物・武器類は海南島に同じ」
『史記』「越王勾践世家」、「越王勾践の先祖は禹王の末裔であって、夏后帝小康の庶子である。会稽に封じられてからは、禹王の祭祀を勤めとさせられた。その後、南方の蛮族の風習に従って体に入れ墨し、髪を結わずに振り乱しながら、藪を切り開いて町をおこした」
☆越都のあった紹興近くには、今も禹を蛇神として祀る廟が残るという。
☆参考までに、越の字は漢音では越(えつ)、呉音では越(おち)と発音して、越(こし)は和風の読みだ。
☆来襲した越のオロチ族は、宗像家を本家(後に宗家となる)として、佐賀平野の吉野ヶ里、摂津、奈良盆地、北陸に広がり、それぞれ伊都国、小千(おち)氏、三輪氏、越のオロチ族(後世の越智氏)と称した。
『漢書』「地理志」、「楽浪海中に住む東夷(倭人)は、孔子が道徳の廃れたことを嘆くあまり、東の海上に出てそこに住みたいと願ったほどに、その天性は今も柔順にして、三方とは異なる。

A「那珂つ国と天之国の連合軍は越のオロチ族にあっさりと負けてしまい、那珂つ国は闇見国や杵築国とともに辺境の出雲に追いやられ、国の名も中つ国と改名させられた。一方の天之国は配下に組み込まれた上に、越流米づくりを強いられてきた」
その際、那珂つ国や天之国の配下たちは、どう動くか。那珂つ国に長年仕えてきた海神族や火の国は、敵にこそ回らなかったが、洞ヶ峠を決め込んだまま動かなかった。天之国の配下にあった熊族は、またも寝返って越オロチ族の旗下に走り、那珂つ国・天之国・火の国に襲いかかった。
【出雲地方の地名】、『出雲国風土記』は松江市付近に闇見(くらみ)、国が、その東に夜見(よみ)ケ島があったと記す。今、その島は陸続きとなって夜見(弓)ケ浜と呼ばれる。松江市北部には、久良弥(くらみ)神社(松江市北部)が鎮座している。
☆出雲に君臨した大己貴が地の神・大国主として葦原中つ国王に立つことや、その支配域が中国地方と呼ばれてきたこと、島根半島南に中海があること、国東半島に杵築の地名があること、また宇佐神宮が出雲大社と親密なことも、これを証拠立てている。


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