『邪馬台(やまと)三国志』を検証してみよう

アクセスカウンタ

zoom RSS 『邪馬台国三国志』古代史の常識と通説を疑え12〈記紀の天地創造神話〉

<<   作成日時 : 2014/08/28 06:57   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

‥‥天→天(太陽)を奉る天之国(倭国の盟主)。地→火神・オロチ・地の神を崇拝する豊葦原中つ国〓奴国。天地→倭国+豊葦原中つ国〓倭奴国
@天地開闢の記述は、記紀などにもある。いずれも天地(あめつち)とある。
『古事記』、「天地初めて発けし時、高天の原に成れる神の名は天之御中主。次に高御産巣日神。・・」
『日本書紀』、「古に天地未だ剖れず、陰陽分れざりしとき、・・故、天先ず成りて地後に定る。然して後に、神聖、その中に生まれます。故曰わく、開闢くる初に洲壌の浮かれ漂えること、たとえば游魚の水上に浮けるがごとし。・・」
『古語拾遺』、「開闢(あめつちひら)くる初に、伊奘諾・伊奘冉の二はしらの神、共為夫婦たまいて、大八洲国、また山川草木を生みます。次に日の神・月の神を生みます」、
「又、天地割判くる初に、天の中に生れます神、名は天御中主神と曰す。次に高皇産霊神。・・」

Aこれらの記述は、天や太陽を称える倭国(高天〓日高国+天之国)が地の神を崇拝する豊葦原中つ国と連合して、天地の下で倭奴国王朝を開いた経緯を伝える。その国体は、以下の天地創造神話に根ざしている。
B古来の口伝えが前二世紀初頭に文字となり、『淮南子』にこう記された。
「昔、天も地もなかった時には、世界は真っ暗闇で、形あるものは何一つなく混沌としていた。その中から、二神が生まれ出た。陰と陽の二神で、天地の創造に苦労していた。やがて、陰陽が分かれて八方の位置も定まると、陽神が天、陰神が地を治めることになってこの国ができあがった」
Cこの天地創造の神として、『山海経』は人面蛇身の鐘山なる神(燭龍)をあげる。
「北方に鐘山という山があった。その山上に人の顔にそっくりな石の首があった。石の首には二つの目と一つの口があり、左の目は太陽、右の目は月を表していた。左右の目は代わる代わるに開き、左目が開いている時は昼、右目が開いている時は夜であった」
D伝説から天地創造の神を探すと、竜犬から人に成り代わったとする盤古がいる。
「混沌とした鶏卵のごとき中から、陰陽に感応して盤古という巨人が生まれた。その一万八千年後に天と地が初めて姿をみせると、盤古は死に絶えて天と地の万物に化した。即ち、息は風雲、声は雷、左目は太陽、右目は月、毛髪は草木、手と体は山、血は河、肉は土、汗は雨となった」
E苗族も、伏犠と女媧が天地を創造した時の洪水伝説を伝える。
「あるとき、大洪水が起こって水が地上を覆い尽くし、人類全てを滅ぼした。伏犠と女媧の兄妹だけがヒョウタンの中に隠れ潜んで何日も漂い、この難から免れることができた。水が引くと、二人は元通り地上で暮らした。二人の結婚によって、人類が増えていった」

〈アマゾンkindle〉…最新版に改訂済
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰物語『邪馬台三国志』
倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰(短縮編)  期間限定の540円(定価の4割引)
『邪馬台三国志』上、下

〈パブー〉
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰物語…最新版に改訂済
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰(短縮編)…最新版に改訂済 
 期間限定の540円(定価の4割引)
『邪馬台三国志』全…最新版に改訂済
『邪馬台三国志』を検証してみよう

〈楽天kobo〉
『邪馬台三国志』全…審査中
『邪馬台三国志』〈孫子の兵法極意〉戦わずして勝つ…審査中
『邪馬台三国志』を検証してみよう

 ホームページ『邪馬台三国志』

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『邪馬台国三国志』古代史の常識と通説を疑え12〈記紀の天地創造神話〉 『邪馬台(やまと)三国志』を検証してみよう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる