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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え22〈古代国家と宗教〉2

<<   作成日時 : 2014/09/11 06:58   >>

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‥‥古代国家と宗教→邪馬台国と大和朝廷は異質の国
邪馬台国→越オロチ族が謀反して、畿内に興した王朝
大和朝廷→日向から東征する磐余彦(神武)が畿内勢を討って開く王朝
前四世紀以来、双方の子孫は呉越の怨念を怨念を晴らすべく、覇権争いを繰り返したに相違ない。
B三輪山西麓に割拠した三輪氏は、蛇神とも酒の神とも呼ばれて鬼道を操り、一時は天皇家と肩を並べるほどの力を有していた。
三輪氏に限らず、縄文期から日本列島に住み着く人々は、鬼と尊ぶ祖霊が大自然のいたる所に宿ると信じたことで、卜骨や神がかりする鬼道を使って先祖にお伺いを立てた。この風習はかつての中国大陸を覆っていた。
邪馬台国時代になると五帝期につながる勢力や、越や楚のオロチ族・苗族、斉の夷、夏・殷時代の伝統を引きずる勢力が邪馬台国の名の下に天下を握り、思い思いに先祖帰りに突っ走った。だとすると、宗教面や風俗面から見ても、夏后帝少康末裔と倭人を重ね見る「倭人伝」の一節は、至って信憑性が高いことになる。
★太陽(日)や日の神を祖霊として称える周の宗教は、これとは異質のものだ。周の伝統を背負った韓や呉からの渡来人たちは、この古い体質を嫌ったにもかかわらず、二世紀後半になると、邪馬台国なる勢力が鬼道・殉葬を再現してみせた。
Cこうした視点に立ちつつ、皇室の歴史を伝える記紀などの記述や、邪馬台国について記した「倭人伝」の記事などから、その国情を伝える語句を抽出して、中国史書と照合するとこうなる。
記紀神話…大和朝廷…天(日)を崇拝…周や韓の末裔(姫氏姓)  
                    …呉の太伯(姫氏姓)→荊蛮に逃れる    
                        ……呉王夫差・断髪文身
倭人伝 …邪馬台国…鬼道・殉葬  …禹や夏后帝小康庶子の末裔→会稽に移封(越のオロチ族)
                        ……越王勾践・断髪文身
D記紀の内容、古社や大和朝廷の有り様、皇室に伝わる諸々の伝統から察すると、前者が周王朝の流れを汲むのは明白だ。おそらく、呉の大伯・呉王夫差の末裔、または秦始皇帝に追われた韓族がこれを持ち込んできたに違いない。
一方、「倭人伝」の書きぶりから想像するに、邪馬台国を牛耳った勢力が夏后帝小康・越王勾践末裔の越オロチ族であるのは、疑問の余地がない。所詮、邪馬台国が大和朝廷に発展したとする考えは、和辻哲郎氏の説く如く、成り立たないのである。
だとすると、呉越の末裔たちは、、日本列島に押し寄せた後々も、この狭い島国で先祖の怨念を晴らすべく覇権争いを繰り返したに相違ない。

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