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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え25〈伊奘諾の治世〉

<<   作成日時 : 2014/09/15 06:40   >>

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‥‥伊奘諾の治世→倭奴国王朝の建直し、神国・常世づくり、天地四方からなる六合(くに)づくりが国是
@その当時、「身は滅びても霊魂はその子孫の身に宿って、この世に生き長らえる」とする魂不滅の思想が江南経由で流れ込んできて、多くの者がこれにはまっていた。その主張は方々で物議を醸しながらも数を増やし続けた結果、政の俎上に上るまでになった。倭族の中にも、こう主張する者が出てきた。
「天竺では、仏法や魂不滅をより所にする常世思想が主流になった。漢でも神仙思想と並んで仏法が広まりつつある。我々も神国づくりを守りながら、仏法や魂不滅の常世観も取り込むべきだ」
☆記紀や伝承から常世という言葉を探してみると、天石窟前で鳴き競った常世の長鳴鳥、
天照大御神が倭姫に「この地に住み続けたい」と告げた「常世の浪の重浪帰する伊勢国」、
『丹後国風土記』に出てくる常世島(火明に縁の有る宮津沖の冠島)、
少彦名が熊野の御崎(淡島)からはじき飛ばされて行き着く常世郷、そこが日高見の常陸(とこよのくに)と呼ばれたこと、
田道間守が万里の波頭を乗り越えて渡った常世の国(西域)、その田道間守が帰りつく常世浜(丹後町の夕日浦)、
垂仁陵の周濠にぽつんと浮かぶ常世島(田道間守の墓)、
三毛入野(神武天皇の兄)が熊野から浪を踏んで渡る常世郷(伊勢・志摩)などやたらとある。
☆こうなるのも、思い思いの考えの下で常世づくりが試行されたにもかかわらず、その意味を一つに絞り込もうとするところにある。そこで、次のように考えてみてはどうか。
「時の指導者は黄帝流の神仙観だけでは不老不死の実現が至難だと悟ると、襲名を繰り返すことで長寿であるごとく装ってきた。一方、巷では魂不滅の術を試した土地も、魂の再来を願って造る墓も、天竺と縁ある土地も、天竺そのものも押しなべて常世と呼ばれてきた」
Aこの常世願望が急速に高まった一六○年代に、日隈(熊野家)の伊奘諾が天竺流の常世づくりがすぐに実現できるかの如く言いふらしていた。
「天竺では、生死が繰り返す中で、人間は前世の行為によって、生まれ育つ氏族や身分が予め決められているという。この考えを発展させることで、彼の国は大いに繁栄してきた。
支配者として誕生する日神は、天界に住みながら神々を治めて地上の政を取り計らい、夜明けになると人々を仕事につかせ、死者があれば魂を天に導き、然る後に地上に送り届けて蘇生させる、とのことだ。先ずは、天竺の国体をしかと支える身分制度、つまり日の天神を頂点として月神・火神・風神・雷神と続く序列制を採用してから、常世づくりに取りかかってみてはどうか」
この言葉の中で、「天界に住む」という情景は、頭の中のことでしかないが、彼はこれがさも実現するかのように言い繕っていた。
☆それが日神の天照大御神(向津姫)に引き継がれて、記紀にこうも記された。
「ここに天照大御神見畏みて、天の岩屋戸を開きてさし籠りましき」
「素戔嗚尊、天より出でて出雲の簸の川上に降到ります」
「皇孫、天磐座を離ち、また天八重雲を排分け・・日向の襲の高千穂峰に天降ります」


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