『邪馬台(やまと)三国志』を検証してみよう

アクセスカウンタ

zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え27〈淡路のオノゴロ島〉1

<<   作成日時 : 2014/09/17 06:39   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

‥‥淡路のオノゴロ島→東方統治を立て直すのための仮宮
@この国づくり策を短期間に列島の隅々まで及ぼすには、生ぬるい融和策よりも、日隈・天之国・豊葦原中つ国が一丸となって畿内に乗り込んで行き、大山衹神・大倭国ともども力ずくで在地勢を押さえつけるのが手っ取り早いと思われた。彼はこの考えの下で、淡路島への遷都を決断した。
『日本書紀』、「伊奘諾尊・伊奘冉尊、・・『吾、国を得む』とのたまいて、瓊矛を以て指し垂(くだ)して探りしかば、オノゴロ島を得たまいき」、「二の神、彼の嶋に降り居まして、八尋之殿を化作(みた)つ」
☆淡路島の南に浮ぶ沼島(ぬしま)は、オノゴロ島伝説を伝える。沼島の東南海岸には、高さ三○bの矛先そっくりの奇岩が天に向かってそそり立っている。その姿は、巨岩の逆矛と思わせる。対岸の諭鶴羽山(標高六〇八b)南麓に座す諭鶴羽神社は、開化期の創建以来、伊奘冉を祭ってきた。
Aこの時代、いかなる国があったのかというと、奈良盆地では、面足期に鳴かず飛ばずに陥った大倭家が、伊奘諾政権に変わるや甦ってきた。彼は東方に有力な分家を持たないことで、由緒があって儀礼に明るく、しかも配下を多数抱える大倭家を従前の地位に返り咲かせた上で、東方統治の立て直し役や、面足の見張役を押しつけていた。
三輪山西麓にあって小蛇(こおろち)とも呼ばれる三輪氏も、甦ってきた氏族だ。伊都国王朝に干され続けた彼らは、倭国の隆盛を見越して早々に寝返ってきた。近頃では、天之尾羽張神にすり寄って兵働きする一方、東方の世情や大倭王の言動を何もかも天下の女主人に告げていた。
淀川下流域では、豊葦原中つ国一門の豊葦原水穂国が力を盛り返してきた。
摂津と播磨では、三嶋鴨族の上に立つ大山衹神が摂津三嶋に本拠を構えながら、明石海峡や西播にまで目を光らせていた。その軍事を司る伊和(いわ)族や小千(おち)族は、めっぽう強いことで定評があった。とりわけ伊和族は明石郡から高砂にかけての地に揺ぎない地盤を堅持して、金城湯池の明石浦近辺には磐石(いわむら、伊和邑)という名の城郭まで構えていた。
丹後と尾張には、豊葦原中つ国一門の丹後海部家や尾張海部家が従前どおりの地位と権力を保ったままで踏ん張っていた。
当時の出雲地方には、宍道湖が今よりやや西寄りに広がっていて、出雲平野の西には神門水海という大きな内湖が広がっていた。斐伊川もこの内湖に注ぎ込んでいた。
『延喜式神名帳』によると、出雲だけでも一八〇余の神々が存在したという。これら一八〇余の氏族は自治権を有して自立していた。つまり出雲地方は、一八〇余の氏族から成り立っていたわけだ。
Bそこでは、豊葦原中つ国がおっとりと構えていた。中興の祖・厳香具土(いつのかぐつち)につながる厳香来雷(かぐつち)は、倭に寄りぴったり添うことで、出雲だけでなく、伯耆・因幡・安芸もどうにかこうにか維持してきた。
そうした中で、闇見国は筆頭職として豊葦原中つ国を一途に支えてきた。
ところが面足政権に移るや、素性の定かでないよそ者がオロチ佐太国の大穴持に躍り出てきて、瞬く間に杵築国の大国主に昇り、ついには豊葦原中つ国を凌ぐ勢いとなった。そのため、面足と縁続きの佐太国の面々は、豊葦原中つ国を見下したり、下克上さながらに振舞ったりしていた。
その間隙をぬうようにして、熊野山(天狗山)を神奈備山とする出雲日隈が意宇平野に乗り出してきて、豊葦原中つ国の所領を食い荒らしていた。

『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え(B6版298p、1200円)

〈パブー〉
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰物語…最新版に改訂済
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰(短縮編)…最新版に改訂済 
 期間限定の540円(定価の4割引)
『邪馬台三国志』全…最新版に改訂済
『邪馬台三国志』を検証してみよう

〈アマゾンkindle〉…最新版に改訂済
『邪馬台三国志』上、下

〈楽天kobo〉
『邪馬台三国志』全…審査中

『邪馬台三国志』を検証してみよう

 ホームページ『邪馬台三国志』

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え27〈淡路のオノゴロ島〉1 『邪馬台(やまと)三国志』を検証してみよう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる