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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え15〈仏教の伝播〉

<<   作成日時 : 2014/09/04 06:50   >>

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‥‥仏教の伝播→倭国大乱以前
@この国では縄文時代の昔から、五帝期の神仙思想、天竺風の習慣・来世観・石の文化、それに仏教と似る教義が根づいていた。このことから、「東の海上に神仙郷がある」との噂が何度も中国に伝わり、斉の威王・宣王、燕の昭王らが東海上に探検隊を送り出すのであり、儒教を弾圧した秦始皇帝も神仙思想に心を開いて、不死不老の仙薬を手にしようと徐福を遣わしたのだ。
A邪馬台国時代には、この種の神仙観が鏡の模様となって現れた。神仙の人物画像が鋳込まれたホケノ山古墳(奈良県、三世紀中葉)の画文帯神獣鏡、仏の光背と似る円形模様が神像背後に描かれた椿井大塚山古墳(京都府、三世紀末)の三角縁神獣鏡がそうだ。四世紀前半になると、それが仏教色を一段と濃くして行く。蓮華座に座って両手に印を結ぶ仏の姿が新山古墳(奈良県)出土の三角縁仏獣鏡に現れるのだ。ここで、仏教が漢に伝わった経緯についておさらいしておこう。
☆前三世紀、マガダ国王として立ったアショーカ王は、仏陀の遺骨を納めた八つの仏塔のうち、七つを開いて遺骨を細かく砕き、それを八万四千の仏塔に納めて布教に努めた。
☆光武帝の次に立った明帝(五七〜七五年の治世)は、六五年に仏典と仏僧を求めて、天竺に使者を派遣した。この使者は二年後に仏典と仏僧をともなって帰国した。
『後漢書』「西域伝」、「明帝、夢に金人を見、長大にして頂に光明あり。以って群臣に問う。ある人曰う。西方に神あり、名づけて仏と曰う。その形、長さ丈六尺にして黄金色なりと。帝、これに於て使いを天竺に遣わして仏道の法を問う」
☆クシャン朝のカニシカ王(一二○〜一五六年の治世)は、西インド・パキスタン・アフガニスタンにわたる大帝国を築くと、仏典の編纂を命じたり、各地に仏塔を建てるなどして仏教の布教に努めた。中心都市のガンダーラでは、ギリシャ文化と仏教文化が結合して仏像が作られ、仏教美術が花咲いていた。そこでギリシャの影響も受ける仏教は、ペルシャ・中央アジア・東南アジアへと広がった。
☆漢桓帝の在位中(一四六〜一六七年)に、パルティア国の安世高が、ついで月氏国のシルカセンが洛陽にやって来て仏教を伝えた。互いが仏典や経典を競って漢訳したことで、洛陽を中心に中国風の仏教が広まった。
これ以外にも、竺仏朔・安玄・支曜・康猛詳・曇果が漢訳にたずさわってきた。竺姓はインド人、安姓はペルシャ人、支姓は月氏、康姓はサマルカンドの人、曇は梵語の法(ダルマ)の音からとった漢字でインド僧を意味した。いずれもクシャン朝に縁ある西域の人とされる。桓帝自身も黄老思想とあわせて仏教を敬ったという。
☆この仏教の広がりとともに信徒の組織化が進み、修業場や寺が次々と建てられた。これに刺激されて、不老不死を唱える神仙の徒までが組織化に走り、各地で教団を立ち上げた。それが道教と呼ばれた。河北で起こる太平道も蜀で広まる五斗米教も、その一派だった。
☆この頃の仏典には、「仏国に入るあらゆる生き物は、金色一色からなる」という教えがあって、仏と化すものは金色で表現されもした。記紀や古い伝承に、金色の光、金色の鵄などの逸話が出てくるが、これと仏教とは無縁ではあるまい。ちなみに、道教では黄色、神仙思想では白色で表されるのが通例だ。

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