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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え30〈伊奘諾の愛児・熊野櫛御気野〉2

<<   作成日時 : 2014/09/22 07:04   >>

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‥‥熊野櫛御毛野→一八○年代前半、向津姫に婿養子入り
Bこの時期の伊奘諾は、瓊矛と十握剣をかざして日隈軍・天(水)軍・伊都軍を思いのままに動かし、政も自在に操るほどの権勢を有していた。絶頂期にあった彼は、熊野櫛御気野を農耕の責任者に、続いて倭王の食事長を兼ねる御饌津(みけつ)神に据えたかと思うと、次に鮫(ワニ)艦隊を託して豊葦原中つ国、豊葦原瑞穂国、丹後・尾張の両海部家、各地の熊野家を順次巡回させていた。ついで皇太神(太子)に格上げして、これらの国を手なずけにかかっていた。
とんとん拍子に出世した皇太神は副都での月神にのぼり、豊受皇太神とも天照皇太神とも呼ばれた。副都の月神は、日の神である倭王に次ぐ地位とされ、副都・月の都を治めて東方の国づくりを統括する大役だった。その後の彼は、丹後・出雲・熊野・志摩・伊勢・尾張に飛び回っては、常世づくりに励んでいた。
彼は丹後海部家にあっては豊受皇太神、熊野家では熊野櫛御気野、大倭厳(水)では天照皇太神、豊葦原中つ国では大穴持・神皇産霊、志摩の磯部では、巨大な磐座を建立して磯部の祖霊を祀ることで、磯部の石神(石上)と呼ばれた。これが、皇太神の提唱する常世づくりの理念だった。
C伊奘諾と伊奘冉が結婚して数年たつと、二男も誕生し、厳香具土や厳香来雷の名をもじって火軻遇突智(ほのかぐつち)と命名された。
一八〇年代初め、適齢期に達した向津姫は二十歳も年上の皇太神を婿養子に迎えると、
「互いに心を一つにして力を合わせ、この国を治めて行こう」と誓い合い、永久の夫婦縁を結んだ。彼女は天神の御子として忍穂耳に恵まれたにもかかわらず、一門中から天穂日・熊野クス日ら四皇子、さらに宗像家からも田心姫・市杵嶋姫・湍津姫を養子や養女に引き取ることで、たちまち五皇子三皇女の母親となった。当時、向津姫は十代後半、皇太神は三十五歳を超えていたろう。
いつの頃か、向津姫は稚産霊と一緒に姉妹のごとく暮らす中で、彼女に三皇女の世話を任せていた。五皇子は素戔嗚と共に暮らしつつ、遊びごとや皇族としての決まりを身をもって学んでいた。
Dところで皇太神は婿入り前から、尾張海部家のハハツ姫との間に天羽羽(はは)、ついで出雲佐太国の姫との間にも猿田彦(佐ル太彦)をこしらえていた。皇太神はその天羽羽が年頃になると、尾張海部家の跡継に取り立てると同時に、稚産霊にこう頼み入れてきた。
「稚産霊の姫を養女に貰い受けたい。いずれ天羽羽の嫁に迎えよう」
幼い姫は豊受皇太神について回って、見よう見まねで斎主もこなしたことで、豊受姫と呼ばれた。
時がたって、日子と火軻遇突智が遊び盛りの年頃になると、伊奘諾は大妃の言うがままとなって我が児だけを可愛がり、天之尾羽張神の厳命をないがしろにし始めた。果てには、
「いずれ日子を日の神に祭りあげ、火軻遇突智も火神の最高位か山王に昇らせたい」
と思い立つや、二人を播磨磐石(いわむら)にやって大山衹神に帝王教育を託したのだった。
これで、火軻遇突智の将来は決まったも同然になった。手始めに、大山衹神の奉る火の神・山の神に立ちながら神国づくりの魁となって走り回り、ついで豊葦原中つ国王に立つ。然る後に、火神の祭祀一切合切を取り仕切る山王の位に昇りつめることになる。
はっきり言うと、二皇子の名に日や火の字があるのは、皇太神を廃して実子に置き換えるべく動いただけでなく、自身も日神に取って代わろうとした証拠だ。
当然、皇太神は義父に対する忠誠心を無くしてしまい、その言動にも逐一疑念を抱くようになった。絶頂期にあった伊奘諾は、これが日隈没落の主因になろうとは夢にも考えていなかった。

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