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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え33〈大乱前後の大陸情勢/国づくり目標〉

<<   作成日時 : 2014/09/25 06:46   >>

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◇大乱前後の大陸情勢
二世紀中頃から後半にかけて、漢は内憂や外患に見舞われ通しだった。皇帝の政を助けるはずの宦官が各地の県令を裏で操り、庶民から搾り取れるだけ搾り取って私腹を肥やしていた。北方では鮮卑が国境を荒らして回り、国内でも羌族や長沙の蛮族が、ついで山東半島の夷たちが頻繁に決起したことで、内外とも度重なる出兵を強いられてきた。
一方、黄河流域では旱魃や洪水が多発して、飢饉と疫病が蔓延した。その結果、多くの人が飢え死にしたり逃亡したりして、都市も農村も荒廃の一途をたどった。当然、漢の国力は低下して治安が乱れ、楽浪郡も南満州や朝鮮半島に対する支配力を失っていた。
この時代、ほとんどの者が生きるか死ぬかの瀬戸際生活を強いられていた。とりわけ貧困層では、盗賊集団に潜り込んだり、偽りやきれいごとを並べ立てる新興宗教に身を投じたりする者が続出した。
一八四年、ついに内乱が勃発した。太平道の教祖・張角率いる軍団が黄色い巾を頭に巻きつけ、
「蒼天、已に死す。黄天、当に立つべし。歳は甲子(一八四年)にあり。天下大吉・・」
と叫んで一斉に蜂起し、漢の役所を襲って回った。張角は、
「黄帝と老子の道を教える」、「護符を沈めた水を飲めば、病が治る」と偽って数十万の信徒をかき集めると、この騒動に駆り立てた。

◇大乱前後の国づくり目標
二、三世紀のわが国の指導者が競って神国・常世づくりに奮闘したことは、間違いのないところだ。結果はこの国を二分する争いに陥ったが、その源を辿ると、五帝・呉・越・周・韓(周分家)・楚を祖国とする雑多な勢力が心を一つにできる宗教を確立しようと奮い立ったところにある。各家の気ままな自主性に任せたなら、統一国家など成り立たぬと見定めたからだ。
言葉を換えると、縄文期から面々と培ってきた那珂つ国流の先祖祭祀を基盤にして、中国や天竺の神仙思想・儒教・常世観・バラモン教・仏教、それに「戦わずして勝つ」とする兵法極意の良いところ取りをしつつ、共に生きて行く条理を積みあげていったのだ。その根底には、相互のわだかまりを一気に乗り越えると同時に、不老不死・徳・正義・不戦までも達成したいとする想いが渦巻いていた。
それは取りも直さず、種々雑多な氏族がこの島国で共存するための普遍的な価値観・心のあり方・生活の決まりについて、一途に探求した時期であり、仏教・バラモン教・儒教・道教を越えるほどの世界宗教を自らの手で編み出そうとした時代だった。
同時に、孫子の「戦わずして勝つ」を国是の一つに掲げながら、悲惨な殺し合いや戦争に至らない国づくりを模索した時期でもあった。このことは、経津主と武甕槌による葦原中つ国平定、神功の新羅征伐、日本武尊の北伐からもはっきりと読み取れる。
当時、どの指導者も釈迦や孔子を乗り越えたいと必死にがんばったものの、結果的には二つの勢力に割れてしまい、泥沼の覇権争いに陥ってしまったのである。

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