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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え47〈天石窟前で鋳込んだ青銅祭器〉2

<<   作成日時 : 2014/10/11 06:47   >>

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‥‥真経津鏡→日神の天璽  八咫鏡→三角縁神獣鏡
B次に天鈿女(うずめ)は伏せた桶に飛び乗ると、踊り狂った。踊るほどに神がかり状態になって胸をさらけ出し、腰布も外した姿に成り果てた。これを見た高天の原の一同は、大声を出して響めいた。天照大御神は不思議に思って石窟戸をそっと開いて尋ねた。
「私が石窟に閉じこもっていると、高天の原も葦原中つ国も困り果てると思っていたに、なぜ、天鈿女や重臣らは楽しげにしているのです」
「日神に増して貴い神が誕生しましたので、皆は喜び騒いでいるのです」
と天鈿女は答えた。この会話の隙に、天児屋と太玉が榊に縛りつけた八咫鏡を石窟の中にそっと差し入れようとした。その際に、鏡が戸にあたって小さな傷がついてしまったが、それでも日神は鏡の映りの良さに惹かれたのか、身を乗り出して手に取ろうとした。
その時、戸の陰に立っていた手力雄(たぢからお)が日神の手を握って石窟から引き出し、新殿(にいみや)まで御案内した。その後は、高天の原も葦原中つ国も、明るさを取り戻した。結果、天神を印す天璽が大倭に二つ、高千穂宮に一つの計三つが存在する事態となった。
『古語拾遺』、「時に、天照大神、・・戸をいささかに開きて窺(みそなわ)す。ここに、天手力雄神をして其の扉を引き啓(あ)け、新殿に遷し座さしむ」
☆新殿は、日神が住みたもう新居のこと。水天神の天照大神を祀る新宮でも瑞殿でもない。

★ところで、最初にできた八咫鏡はその後どうなるのか。当初、これは日神の神像として日の像の鏡と命名されたが、火瓊瓊杵の降臨時に、日神は心ひそかに日前鏡と改名した。
もう一面の出来栄えの良い八咫鏡こそ、当初から真経津(まふつや)鏡と呼ばれて日神の天璽となり、後に天照御魂神として内宮で奉祭される神鏡なのだ。
☆では、八咫鏡はどの種類の鏡だったのか。伊勢神宮の宝鏡を調べる手立てはないものの、崇神期にこれを型に取って鋳造したとする鏡の中心部分(径十三七a)が、大和の鏡作神社で奉られている。それはまぎれもない三角縁神獣鏡(唐草文帯三神二獣鏡)だ。これと同型で、完璧な鏡が犬山市東之宮古墳からも出土した。
それは呉鏡の平縁画文帯神獣鏡や、遼東から見つかる三角縁画像鏡双方の特徴を備えていて、裏面には神仙界の様子が一目でわかるように描かれていた。
☆三角縁画像鏡は、越の都があった会稽(紹興)やその周辺から集中して出る。
C日の像の鏡(日前鏡)は、このように変遷した。
日神→素戔嗚→天日槍→大己貴→日神(密かに日前鏡と改名)→火瓊瓊杵→火火出見→磐余彦の手に渡った後、日前神宮(和歌山市)に奉納されて今に至る。 
★日矛も、転々とした。
日神→素戔嗚→天日槍→大己貴→日神→火瓊瓊杵→ヒミコ→五十猛(天日槍)→仲哀→神功
→磐余彦→神功の手に渡った後、国懸神宮(和歌山市)に奉納されて今に至る。
☆矛は、古来、日隈祭器だった。伊奘諾が持ち歩いた瓊矛は、大乱時に行く不明になったらしい。
☆日前鏡・日矛が紀伊国の日前神宮・国懸神宮に奉られている現実は、磐余彦が伊奘諾の念願だった日隈(日前)再興を果たした結果だ。

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