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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え54〈高皇産霊、高天の原に現る〉

<<   作成日時 : 2014/10/20 06:56   >>

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‥‥高皇産霊、高天の原に現る→天照大神が高皇産霊と称して高千穂宮に赴き、妻の日神を補佐
葦原中つ国平定の大義→遼東勢や呉の侵攻に備えた防衛体制づくり
@二一○年代初め、騎馬軍団をごっそり手にした大己貴は、大物主の陣営だけを狙って攻め立てた。畿内の豊葦原水穂国が豊葦原中つ国と袂を分かち、大物主にすり寄ったからだ。防戦一方の大物主は負け戦が続いたあまり、大己貴を心底憎むようになった。日神も、大己貴に豊葦原中つ国の建て直しや国譲りを妨害されたことで、怒り心頭に達していた。
内憂外患は、葦原中つ国や新羅だけに止まらなかった。北の公孫氏や南方の呉も虎視眈々とわが国を狙っていた。この南北からの侵略を跳ね除けるには、国を挙げた防衛体制を築きあげる必要があった。
Aここに至って、外敵にやきもきしていた天照大神は、妻の日神と組む以外にないと悟った。大物主も天神の御子を豊葦原水穂国の王に迎えるのが最善と見なしたことで、高千穂宮に使者を遣って日神に上奏する始末だった。
そのことは、葦原中つ国を平穏裏に平定しなければ実現できるはずはなかったが、日神は邪馬台国との盟約を優先して取り決めばかりを急いでいた。
「この国を外敵から守り抜くには、大己貴を説得して天神の御子に国譲りさせると同時に、全軍の指揮を一本化せねばならぬ。先ずは高千穂宮に司令部を設置して、天照大神にお出まし願おう」
天照大神も皆の期待に応える気持で、こう言って快諾した。
「万全を尽くしたい。日神の護衛役に徹するためにも、十握剣と天(水)軍を貰い受ける。当然、日高の最高位を襲名しておく。仏の道を極めて天台山の山王にまで昇った故、経津主(ふつぬし)とも語りたい。手土産がてら、瀛つ鏡・辺つ鏡・蛇の領巾・玉つ宝二つなど瑞宝五種も奉じて参ろう」
Bそれから一月と経たない内に、天照大神は高皇産霊(高木神)と称して高千穂宮に姿をあらわし、久方ぶりに妻の日神や、稚日女として振舞う嫁の豊受姫と再会した。ここに、高千穂宮に瑞宝十種が揃ったことになる。

【訂正】47〈天石窟前で鋳込んだ青銅祭器〉2  
C日の像の鏡(日前鏡)は、このように変遷した。
日神→素戔嗚→天日槍→大己貴→日神(密かに日前鏡と改名)→火瓊瓊杵→火火出見→磐余彦の手に渡った後、日前神宮(和歌山市)に奉納されて今に至る。

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