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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え61〈天孫〉

<<   作成日時 : 2014/10/26 06:50   >>

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‥‥天孫→饒速日、天火明(彦火明、共に天鹿児山の児)、火瓊瓊杵の三人が存在
火明→天火明(彦火明)、火明饒速日(火瓊瓊杵の児、火照、火明、海幸彦)の二人存在
大倭に向かった天神の御子と天孫→1忍穂耳、2饒速日、3忍穂耳、4火瓊瓊杵、5火明饒速日
@記紀や『先代旧事本紀』を丹念に調べると、饒速日、天火明、火瓊瓊杵の天孫三人がいたとわかる。饒速日と天火明は、火天神天鹿児山の腹違いの児として誕生し、のちに忍穂耳の養子に押し込まれて天孫となった。それぞれが天璽や宝物を賜った上で、東や南に天降ったのである。
ここで、天神の御子や天孫の降臨について整理しておこう。
1)二一○年代前半、忍穂耳が大倭に天降って行ったが、大己貴に妨害されて戻ってきた。
2)ついで、天孫饒速日が日向から大倭に降臨した。ところが、ほどなく逝ってしまった。
3)二二○年代前半、つまり葦原中つ国平定後に、忍穂耳が再び降臨することになったが、大己貴と三輪氏の妨害にあい、つぶされてしまった。
4)父に代わって、火瓊瓊杵が大倭に天降って行ったが、何故か逆方向の薩摩吾田に到った。同じ時期に、彦火明が大己貴と一緒に出雲・播磨・丹後宮津・大倭に移り住んだ。
5)三十年足らず後の二四○年代後半、火瓊瓊杵の児・火照(海幸彦)が火明と饒速日を襲名して出雲・丹後・大倭に降臨し、日本王朝を開いた。彼も饒速日と称し、天孫饒速日のごとく振舞った。
結局、火明についても、天孫火明(彦火明、天火明)と火瓊瓊杵の児・火明(火照、海幸彦)の二人が居たことになる。

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