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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え75〈火瓊瓊杵の三皇子、火照・火スセリ・火遠〉

<<   作成日時 : 2014/11/26 07:23   >>

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‥‥火瓊瓊杵の三皇子・火照・火スセリ・火遠→火祭りの中で誕生し、火天神の家系に移籍
@火瓊瓊杵は笠沙宮に戻ると、直ちに吹上宮を引き払って日向の妻(西都市)に遷都し、そこも笠沙宮とも西都とも呼んでいた。早く言うと、彼は外戚の女神大山衹神から引き離され、海神やワニ族の目の届きやすい場所に移されたわけだ。
A暫らくすると、木花開耶姫が火瓊瓊杵の所にやって来て尋ねた。
「私はあなたの児を身ごもり、早や産み月を迎えました。詔によれば、天神につながる御子をこっそり産み育てるわけには参りません。いかが致しましょう」
火瓊瓊杵は、この言葉を不審に思って問い返した。
「姫はたった一夜で身ごもったと言うのか。ならば、我が児ではあるまい」
これに対して姫は、毅然とした態度で応じた。
「お腹の児はあなたの児です。このことを火神の祖霊に誓った上で、当家に古くから伝わる産屋の周りを火で囲むという命がけの出産に臨んでみせます。もし私の誓いが嘘であったなら、祖霊の天罰を受けて天に召されることでしょう」
B彼女はこう言うや、高屋(西都市)に産屋を造ってその中にこもり、建物周辺を燃え盛る炎で囲ませた。こうして火照が無事に生まれて、火瓊瓊杵の疑念を晴らすことができた。それは二二〇年代前半のことだ。火照は、またの名を海幸彦と言った。『日本書紀』は火明とも記している。
翌年から翌々年にかけて、次男の火闌降(ホスセリ)が、ついで三男の火折(ほおり)も生まれた。いずれも、男子だ。
その後、南の生目(いくめ、宮崎市)に住んですくすくと成長した火照は、火瓊瓊杵の司祭する場で火神祭祀に先立って日神を真っ先に拝んだり、亡き饒速日のごとく振舞ったりしていた。
『古事記』、「戸無き八尋殿を作りて、その殿の内に入り、土をもちて塞ぎて、産む時に方(あた)りて、火をその殿に著けて産みき。その火の盛りにもゆる時に生める子の名は、火照命。次に生める子の名は、火須勢理命。次に生める子の御名は、火遠(ほおり)命。亦の号は天津日高日子穂穂手見(あまつひこひこほほでみ、火火出見)命」
『日本書紀』、「木花開耶姫、無戸室を作りて、・・その中に入り居りて、火をつけて室を焼く。始めて起る烟の末より生れ出づる児を、火酢芹命と号く。次に熱を避りて居しますときに、生り出づる児を、彦火火出見尊と号く。次に生り出づる児を、火明命と号く」

『古事記』、『日本書紀』、その一書では、この三人の順序が違っている。本書は、『古事記』のそれを優先した
 『古事記』  火照(海幸彦、隼人阿多君祖)   火スセリ     火遠(穂穂手見)
 『日本書紀』 火スセリ(海幸彦、隼人等が始祖) 火火出見(火折) 火明(尾張連等の祖)
    一書  火明               火スセリ     火火出見(火折) 
☆西都市妻は奈良朝にいたるまで日向の中心地となり、近くに国分寺跡もある。妻地区にある三宅神社と都万(つま)神社は、それぞれ瓊瓊杵と木花開耶姫を祀る。神社近くには二人が新婚生活を送った八尋殿の跡や、姫が出産後に沐浴した子湯池があって、子湯郡の地名も残る。
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