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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え67〈日の御子・瓊瓊杵が火瓊瓊杵と語った理由〉

<<   作成日時 : 2014/11/16 06:45   >>

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‥‥日の御子・瓊瓊杵が火瓊瓊杵と語った理由
火天神の天璽だった天鹿児弓・天羽羽矢を賜った理由
瓊瓊杵は、その名に火の字があることや、降臨時に天鹿児弓・天羽羽矢を授ることで、亡き火天神の家に入籍したのは疑う余地がない。なぜ日神の嫡流である瓊瓊杵は、忍穂耳の家系から出されて敵の総大将だった火天神の御子となったのか。
@この謎を解く鍵は、武甕槌が葦原中つ国平定時に、八重事代主や大己貴と交わした言葉にある。今一度、目を通しておきたい。
『日本書紀』、「(武甕槌、)その大国主神に問いたまいしく、『汝が子等、事代主神、建御名方神は、天つ神の御子の命の随に違わじと白しぬ。汝の心は如何に』と問いたまいき。ここに答えて白ししく、「僕が子等の白す随に、僕は違わじ。この葦原中つ国は、命の随に既に献らむ』」
★経津主と武甕槌は、事代主も建御名方も、さらに大国主も、「天つ神の御子の命の随に違わじ」、「僕が子等の白す随に、僕は違わじ。この葦原中つ国は、命の随に既に献らむ」と応じたことで、てっきり忍穂耳に国譲りされると思い込んでいた。ところが大国主の考える天神の御子は、忍穂耳ではなく、火天神天鹿児山の御子、すなわち日子坐王のことだった。
★元を正せば、日神と高皇産霊は、天神の御子・忍穂耳を葦原中つ国に降したいとして武甕槌らを出雲に派遣したのである。これに対して大国主親子は、「天つ神の御子の命の随に違わじ」という玉虫色の返事で応じてきた。
日神と高皇産霊は謀られたと気づくものの、国を挙げた防衛体制づくりを最優先するあまり、大国主の言をそのまま聞き入れる他はなかった。
Aこの経緯から、日神は瓊瓊杵を火天神の御子に押し込んだ後に、天降りさせたのである。その結果、火瓊瓊杵と記されたり、火天神の御子となった全員が天鹿児弓・天羽羽矢を授かったり、火瓊瓊杵の児、火照・火スセリ・火折の名に火の字が添えられたりもした。結果からいうと、大国主が知恵の限りを尽くしたこの策謀も、日神に裏をかかれてうやむやにされてしまった。

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