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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え97〈磐余彦の誕生〉

<<   作成日時 : 2014/12/22 06:39   >>

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‥‥火火出見の高千穂宮→都城市都島
磐余彦の誕生→二六○年代前半 
@その後、火火出見は都城都島(都城市)に遷都して、そこも高千穂宮と呼んでいた。その名からは、「日神の嫡流として倭奴国王朝を再興し、日神と高皇産霊による政を再現してみせる」という彼の意気込みが感じ取れる。この都には、妃の豊玉姫もいつしか入都していた。
この夫婦の長男として生まれたウ草葺不合は、豊玉彦の次女・玉依(たまより)姫と結婚して五瀬(いつせ)・稲飯(いなひ)・御毛入野(みけいりの)の三皇子に恵まれた。その後、この家族は狭野(宮崎県高原町)に移ったという。
★ウ草葺不合は母の妹と結婚したことになるが、この姉妹の血は繋がっていない。姉は伊都国系のワニ族からやって来た養女で、妹こそが竜神を奉る豊玉彦の実娘だった。本来、豊玉姫の名は豊玉彦の実娘が継ぐはずのものが、なぜか養女の方が豊玉姫と名のっていた。
★豊玉姫がワニ族からやってきた養女であるのは、以下の記述から明白だ。
『日本書紀』、「豊玉姫、産むときに竜(たつ)になりぬ。・・」、「時に豊玉姫、八尋ワニになりて・・」
☆出雲では、今も鮫をワニと呼ぶ。
☆皇太神は帆に太一(北極星)と大描きした鮫(ワニ)艦隊を率いながら、津々浦々まで駆け回った。七つの艦船からなるこの水軍は、七本鮫(しちほんざめ)の名で畏怖された。志摩では、今もその信仰が続くという。
A二六〇年代前半、続いて第四子が生まれた。またも、男子ばかりが続いた。石神(天照大神)の血も流れるこの皇子は、声も性格も石神にそっくりなことから、石神の再来と騒がれ、磐余(いわれ)彦の名で呼ばれてきた。後に神武と諡される天皇だ。

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