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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え104〈景行の熊襲征伐〉2

<<   作成日時 : 2014/12/31 06:42   >>

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Cその後、景行は筑紫国や豊国にたむろする徒を平らげると、豊国長尾(福岡県京都郡)に仮宮しながら全軍の集結を待っていた。その間、珍彦に対して、
「豊国から物資と兵を抜かりなく送り込め」と厳命していた。
景行率いる皇軍は、そこから南下して日向の山間を難なく通り抜け、敵の都を一気に落とすつもりでいた。ところが地形を知り尽くした敵軍に進路と退路を断ち切られ、軍団をずたずたに引き裂かれてしまった。すぐさま豊国から物資や兵が南へ送り込まれたが、それが最前線に届いたのは稀だった。
その結果、征夷将軍の陣営は敵に翻弄されて瓦解した。当然、彦狭嶋は囚われの身となった。残る隊も兵站ばかりがねらわれ、武器も食料も使い果たした。ついには景行の本陣までが飢えに苦しみ出し、勝手気ままに降伏する将兵が後を絶たなかった。
彼らはこうまで惨敗しても、負け戦の原因が作戦のまずさや弱兵にあったとは悟らなかった。それどころか自身の責任逃れに終始したり、兵站を仕切った珍彦に責任転嫁して罵るなどしていた。
結局、遠征軍は生き残り兵全てが捕虜となり、彦狭嶋も景行も日向の高屋(西都市)で抑留されることで幕を閉じた。その場所は饒速日三兄弟の生まれ故郷・高屋の近くにあって、饒速日が婿入りした海神家の生目(宮崎市)からも遠くはなかった。この時の景行の心情が歌となって伝わっている。
倭は国のまほろば たたなづく青垣 山こもれる 倭しうるわし
☆垂仁(饒速日)の名は、生目入彦五十狭茅(いくめいりびこいさち)天皇である。
「景行紀」、「天皇、遂に筑紫に幸(いでま)して、豊前国長峡県に到りて、行宮(かりみや)を興(た)てて居します。其の処を号(なづ)けて京(みやこ)という。・・
冬十月に碩田(おおきた)国に到りたまう。其の地形広く大きにして亦麗し。」
十一月に日向国に到りて、行宮(かりみや)を起(た)てて居(ま)します。是を高屋宮と謂(もう)す。・・
十三年の夏五月に、悉に襲国を平(む)けつ。因りて高屋宮に居しますこと、已に六年なり。」

D当時の日本では、熊襲征伐の敗北から各地で争いごとが多発していた。とりわけ、日高見勢は東国を荒らして回り、駿河辺りまで出没することもあった。
同じ頃の南国では、火火出見が病床に伏しがちになった。そうした時に、トヨ逝去の知らせが、火火出見と景行の許に舞い込んできた。景行が再三にわたって、
「亡き女王を直々に弔いたい。一時の帰国だけでも叶えてほしい」と訴えたところ、
火火出見も潮時と見たのか、あっさり応じてきた。
「慰霊後に東国に赴き、日高見勢との和睦に努めると誓うなら、帰国を許さなくもない」
二八二年九月、景行は彦狭嶋ともども瀬戸内海を通って、六年ぶりに都の土を踏みしめた。彼はその足で豊鍬入姫の墓(ホケノ山古墳)に参って御霊を慰めると、竹内宿禰にこう密命した。
「北陸や関東をゆるりと回って日高見の蝦夷どもを探索し、その有り体を報告せよ」
彼は探索を急がせなかった。というのも、火火出見の死を待っていたからだ。
「景行紀」、「十九年の秋九月に、天皇、日向より至(かえ)りたまう。」、
「二十五年の秋七月に、竹内宿禰を遣したまいて、北陸及び東方の諸国の地形、且百姓の消息を察しめたまう。」


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