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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え82〈魏帝鏡〉

<<   作成日時 : 2014/12/05 06:40   >>

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‥‥魏帝鏡→光武帝から授かった鏡と同類の後漢鏡(円の中に方形が描かれた方格規矩鏡)
魏帝鏡は、国中の人に示し、魏がヒミコを哀しむを知らしめる鏡→邪馬台国の存在する限り、墓に埋納できない。古墳から出るのは、邪馬台国衰退の証
@この前後に、使節一行は賜り物の目録だけを賜って帰国の途についた。
明帝崩御の翌年から正始元年(二四〇年)と改められた。その元年に、帯方郡吏が勅書とともに、目録にあった金印・鉄刀・銅鏡などを持参して来日し、ヒミコに授与した。
Aこれで、ヒミコは即位から魏に朝貢するまでの二十年足らずの間に、銅鏡に関して二大政策を取ったことになる。もちろん、もう一つの鏡は即位式で配布した八咫鏡だ。
★この魏帝鏡と八咫鏡が邪馬台国の古墳に副葬されることは、稀だった。魏帝鏡は人々に見せる鏡であり、八咫鏡も豪族たちが祭壇に飾ってヒミコに忠誠を誓う鏡であったからだ。
★魏帝鏡については、三角縁神獣鏡とする説が有力だが、これも当たらない。魏帝鏡の決め手となるのは、ヒミコが天之国の嫡流で、倭奴国王朝の再興を一身に背負っていた点にある。つまり、光武帝から授かった鏡と同類でなければ、先祖に対して顔向けができないし、国中の人々に見せる価値も無きに等しい。
☆魏帝鏡に関して、中国の考古学者・徐華芳氏の説があるので見ておこう。
「後漢末の混乱のため、鏡つくりの工房は焼けて鏡つくりも停滞した。後漢のあとを継ぐ魏がその工房を再建して、再び鏡つくりが始まったが、その鏡は後漢鏡の形式を受け継ぐものだから、卑弥呼が魏帝から授かる鏡は、後漢鏡に限られる」
☆それは倭奴国の国体を図形で表した鏡、すなわち方格規矩鏡(円の中に方形が描かれた鏡)に相違ない。
【桜馬場遺跡から出た方格規矩鏡(後漢初期の銅鏡)の銘文】、「官の工房・尚方で造る鏡はまことに貴い。神仙郷の仙人は、老いも死も知らない。渇けば玉水を飲み、飢えると棗(なつめ)を食べて命を保つ。気ままに天下四海に浮遊し、名山に至れば芝草から仙薬をつくって口にする。不老不死の秘訣は、凡そかような生活にある」
B同じ頃に、火瓊瓊杵も呉の使節と接見した模様だ。それは、孫権時代の赤烏元年(二三八年)銘の呉鏡が後世の古墳から出てきたことで明らかだ。
☆ところが、この類の画文帯神獣鏡がヒミコのもとに届き、纏向のホケノ山古墳(桜井市、三世紀中葉)に副葬されていた。魏と呉が戦っている最中に、ヒミコが呉からこれを入手できるはずはないし、魏から授かることもない。この摩訶不思議な経緯は、後ほど明らかになる。

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