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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え119〈播磨の制圧〉1

<<   作成日時 : 2015/01/16 07:23   >>

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◇播磨の制圧
@吉備津彦軍が吉備中山に陣取って背後をがっちり固める中で、磐余彦本軍は、神功軍・出雲軍、新羅王子(天日槍末裔)の騎馬隊ともども播州平野になだれ込んで行った。すると、揖保川沿いに展開する彦狭嶋軍や伊和・小千軍が正面からぶつかってきた。双方はそこで死闘を繰り広げた。結果は、東征軍が勝利したものの、ここでも三角縁神獣鏡を伴った墓が数多築かれた。東播各地でも、東征軍の名だたる将兵が多数討ち死にしたらしい。
【備前車塚古墳】(岡山市)、全長四八bの前方後方墳で、東岡山駅北方の丘陵上にある。副葬品に、剣・刀・三角縁神獣鏡一一・他の鏡二・鏃・ヤリガンナ・鉄斧がある。四世紀の古墳と推定される。
【竜子三ツ塚古墳】(兵庫県揖保川町)、全長三八bの前方後円墳で、三角縁神獣鏡二・鉄剣三が出た。
【権現山五一号墳】(兵庫県御津町)、揖保川下流にあって、四三bの全長をもつ出雲風の前方後方墳。副葬品として、古式の三角縁神獣鏡五・吉備で発達した都月型の特殊器台形埴輪がある。
【吉島古墳】(兵庫県新宮町)、標高二五〇bの山頂に築かれた前方後円墳で、西播磨では最も古い。全長は三〇bあって、前方部がバチ形に開いている。副葬品として、三角縁神獣鏡二・内行花文鏡一・高さ一二abの金の観音像などが出た。この観音像は、邪馬台国時代に仏教を信じる人たちがいた証だ。
※一般的に言って、古墳の築造年代については五○年ほどの開きがあるとされる。
A揖保川沿いの敵が姿を消すと、神功は西播・丹波に散らばる天日槍軍末裔に参軍を呼びかけた。すると、彼女自身も天日槍の末裔だったことで、数千もの若者が集ってきた。このとき、新羅王子率いる騎馬隊が神功皇子の指揮下で、騎馬軍団を編成した模様だ。
次に東征軍が夢前川を渡り、市川(姫路市)も越えて前進すると、またも彦狭嶋方の精鋭や、大山衹軍、配下の伊和軍・小千軍が踊り出て来た。そこでの勝負は、敵の並み居る武将が枕を並べて討ち死にしたことで決着した。この戦いで、敵方は針間海道を死守する主力軍を失った。
結果、東征軍は加古川を楽々と渡って東播の中心地・明石浦まで足を踏み入れることができた。

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