『邪馬台(やまと)三国志』を検証してみよう

アクセスカウンタ

zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え123〈紀伊で日前祭祀のお膳立て〉

<<   作成日時 : 2015/01/22 06:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

‥‥紀伊秋月に日前鏡・日矛を奉納→日隈・日前再興のお膳立て
@河内湖を脱した東征軍は、大阪湾に出て南の茅渟海(ちぬのうみ、和泉沖)をひたすら南下した。その途中で、磐余彦は天道根(子孫)を紀伊秋月に走らせ、熊らに大事を伝えさせた。
「天神の御子が、日矛と日前鏡を奉納するため、秋月に立ち寄る。熊らはそこに立派な祭場を設けて、お迎えするように」
数日後、船団は男の水門(和歌山市)と呼ばれる和歌浦湊に着いた。当時、南海道の都があった秋月では、素戔嗚と大屋彦(五十猛)が熊野家祖霊として祀られていた。磐余彦がそこの祭場に足を運ぶと、熊の主だった者らが既に参集していた。
A準備が万端整ったところで、神功も御坊から駆けつけて来て、熊らの見守る中で日矛を迎える儀式が始まった。まず日神に成りきった神功が、天石窟に見立てた岩影から姿をあらわすと、臣下たちは一斉にひれ伏した。次に、火火出見の礼衣を纏った磐余彦が女王に八咫鏡(日前鏡)と日矛を奉ってから、うやうやしく申し上げた。
「虚空つ日高だった火火出見(磐余彦)は、仲哀が持ち去った日矛をこの通り召し上げました。この八咫鏡と日矛は日神の出現や日隈・日前・熊野家の再興を願って造られた後は、先ずは素戔嗚に、ついで火瓊瓊杵に委ねられたのですが、それまでは高千穂宮で仲よく奉祭されておりました。私はこの伝統が当地で末代まで引き継がれることを願って、奉納に上がった次第です」
 女王はこれを受け取ると、ヒミコとも日神とも判別しがたい口調で天道根に命じた。
「高千穂宮の時と同様、八咫鏡を私の御霊として、日矛を熊野櫛御気野の御魂として奉祭するよう」
 参列した熊らはそろって、
「ご先祖の御霊が虚空つ日高の謝罪とともに戻って来るとは、願ってもないことだ。さっそく、ヒミコの御霊・素戔嗚御霊としてお祀りするとしよう。それにしても、敵が八咫鏡まで差し出すとは、思いもよらなかった。恐らく、我らを介して降伏したいのであろう」
と言って勝ち誇り、ついで東征軍を足留めしておこうと盛りだくさんのご馳走まで用意して、しきりに休息を勧めていた。その裏で日本に急使を送り、敵が降伏してきたと伝えていた。
 この時の熊らは、日矛がすでに熊野櫛御気野(豊受皇太神)御魂に変わっていたとは知る由もなかった。そのことで、神功は天道根にこっそり囁いた。
「お前は日前鏡と日矛が高千穂宮で造られた経緯や、これを一緒に祀る真意が分かるよね。東征軍が無事に御坊沖を通過したなら、この日矛を奉じて姿をくらまし、私の許に駆けつけておいで」
要するに、磐余彦は日隈・日前の再興をお膳立てをした上で、日前鏡をヒミコに突き返したのだ。

画像


〈パブー〉から発売‥‥お勧めです。
『邪馬台三国志』全…最新版に改訂済
『邪馬台三国志』を検証してみよう
『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え(B6版298p、1200円)‥‥二月下旬に改訂。
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰物語…最新版に改訂済
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰(短縮編) 期間限定の540円(定価の4割引)
…最新版に改訂済 

〈アマゾンkindle〉から発売 
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰物語(B6版310p、1200円)
『邪馬台三国志』倭奴国と邪馬台国の栄枯盛衰(短縮編)(B6版201p、期間限定の540円)
『邪馬台三国志』上、下

〈楽天kobo〉
『邪馬台三国志』を検証してみよう

 ホームページ『邪馬台三国志』

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え123〈紀伊で日前祭祀のお膳立て〉 『邪馬台(やまと)三国志』を検証してみよう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる