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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え125〈熊野上陸〉2

<<   作成日時 : 2015/01/24 06:41   >>

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B時が経って、ヒミコの権力を継いだ饒速日は、
「融通の利かない熊と烏が大喧嘩をおっ始めると、互いに味方を募って相手を倒しにかかる。ほっておくと、日本王朝を根底から揺るがす事態になりかねない」
と憂慮して、両者の押え込みにかかった。そこで、彼が考えついた方策は、こうだった。
一、東海道都督の天香語山(かごやま、饒速日の児)が南海道と東山道の国境に割って入って、調停に当たる。
一、天香語山が熊の食いぶち米を一手に管理することで、喧嘩の根を断ち切る。
こうして、天香語山は熊野神邑に高倉(高床倉庫)を並べ建てて、高倉下(たかくらじ、高倉の司)と呼ばれた。
『先代旧事本紀』は高倉下について、物部氏の祖神饒速日の児で、尾張連らの祖となる天香語山とする。
☆天香語山は饒速日の実子として生まれた。その後、尾張海部家の養子となり、東海道都督に昇りつめた。彼は南海道との間で熊野の所領をめぐる争いが頻発することで、東海道の都を熊野に移すらしい。
☆国造制がしかれた当初、熊野村一帯は熊野国の領土だったが、孝徳天皇期(七世紀中頃)に牟婁郡として紀伊国に編入された。
その後、北に広がった牟婁郡は紀伊国の面積の過半を占めていたが、明治十二年に北牟婁郡・南牟婁郡・東牟婁郡・西牟婁郡に分割され、北と南は三重県に、西と東は和歌山県に編入された。
☆八咫烏とはカラスを神鳥として崇める氏族のことで、徐福の末裔とされる。古来、カラスは神の言葉を伝える鳥と見なされてきた。特に、揚子江流域や湖南省では神廟に棲みつくカラスを太陽に住む鳥、航行の守り神、神の使いと見なして大切に扱った。陰陽五行説では、三と組み合わせた三本足のカラスが日の神に仕える鳥、太陽の使いとされた。
☆熊野家を取り巻く人間関係がこうまでこじれた原因は、日神(ヒミコ)が日隈・日前・熊野家再興を一刻も早く遂げたいとあせったばかりに、その場その場で熊野家に良かれと思って決め急いだことにある。
Cところが饒速日の威信が陰り始めた昨今では、熊らは天香語山の指図に反して、供出米を勝手に管理し始めた。その結果、米が納まるはずの高倉は空っぽ同然になってしまった。磐余彦はそれを承知で、神倉山に天香語山と八咫烏らを呼びつけて命じた。
「豊受皇太神を熊野櫛御気野としてお祀りするとともに、心を一つにして力を合わせながら熊野村を治めるように」
八咫烏らはこれに歓喜して続々と先鋒を願い出てきた。磐余彦はこれに気を良くしたあまり、
「やっと、熊野神邑も熊野村も取り込むことができた。兵法極意の達成も間近に迫ってきた」
と気安く考えてしまい、すぐさま北進を開始した。

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