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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え108〈仲哀の熊襲征伐〉2

<<   作成日時 : 2015/01/04 06:40   >>

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Bついで、景行も仲哀に命じた。
「紀伊に立ち寄って日矛を拝借し、熊襲どもに拝ませてやれ。さすれば、奴らは恐れおののいてひれ伏す他にない」
日本大物主大神の饒速日も、居合わせた孫に大物主の位を授けるや、取って置きの秘策を披露した。
「今回の熊襲征伐は、葦原中つ国平定と瓜二つ故、高皇産霊にならって十握剣も武甕槌の名も与えるのだ。汝は我が名代となって、熊襲どもを征伐して参れ。もし、磐余彦が刃向かってきたなら、建御名方の時のごとく追いかけて行け」
彼については、出雲征伐の武甕槌と区別するため、(大神)武甕雷(たけみかづち)とでも呼んでおこう。
C仲哀も祭器を絶対視するあまり、百官を率いて紀伊に急行した。彼は名草浜の宮でヒミコの加護を長々と祈願した後、秋月に祀ってあった日矛を取り上げるようにして持ち去った。
熊らは日矛の安否を気遣うあまり、またも大船団を組んで仲哀の跡を追った。武甕雷、小碓、播磨の吉備津彦・稚武彦兄弟も将兵をかき集めるや、西海めざして繰り出して行った。
D気比に滞在する神功の許にも、「穴門(山口県豊浦郡)で出会おう」という仲哀の密勅が届いた。すると、女王までが北陸道の兵を寄せ集めるなり、気比の浜から仰々しく船出して行った。女王直々に仕える武振熊(たけふるくま、天火明の玄孫)も丹後海部家のワニ水軍を率いながら合流してきた。
同じ頃、大臣の竹内宿禰は仲哀旗をなびかせながら、難波の住吉湊を鳴り物入りで発った。
Eその夏六月、仲哀は長門の穴門豊浦宮に到着した。年の明けた二八五年春正月、筑紫国東部に上陸して、豪族らが駆けつけてくるのを待っていた。
この間、遠方の豪族が引きも切らずに参内して、先を争って先陣を願い出てきた。岡(福岡県遠賀郡)県主の熊鰐や、伊覩(いと、福岡県糸島郡)県主の五十迹手(いとて、天日槍子孫)もやって来て、
「根こそぎ引き抜いた榊に八咫鏡と十握剣を飾りつけながら、日々、ヒミコ・天照大神・饒速日に忠誠を誓っております」
と言上してから、高々と掲げてみせた。
F西海北部の豪族たちがあらかた集結したところで、仲哀は十握剣と日矛を交互にかざしながら宣言した。
「この度は、賢くも副都の統治に加えて熊襲征伐を拝命した。そのうえ、御璽である十握剣や日矛まで賜わってきた。我ら皇軍は橿日に堅固な副都を築いた後は、これら祭器を奉じて熊襲征伐に打って出る。これは、ヒミコの御心ぞ。熊襲の頭目(磐余彦)といえども、これを目の当たりにしては身じろぎ一つできるものではない」

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