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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え146〈大和朝廷のはじまり〉2

<<   作成日時 : 2015/02/18 06:43   >>

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A磐余彦の二つ目の仕事は、太子を一から決め直すことだった。彼は時間的な制約から独断する以外にないと悟ると、まず自分の身内を政権からはずし、都からも遠ざけた。そうすることで、厳正に対処する姿勢を示したのだ。即ち、磐余彦の長男は阿蘇神宮の神職に就き、兄の御毛入野は高千穂郷に戻って日神の祭祀に専念することになる。
【阿蘇神宮の縁起】、「神武天皇(磐余彦)の長男は、阿蘇草部の娘と結婚して阿蘇権現となる」
【高千穂町に残る伝説】、「御毛入野は高千穂に戻り、三田村姓を名のる」
磐余彦はこの手はずを整えてから、開化皇子・神功三男(磐余彦の児)・神功次男(仲哀の児)・気比大神(北陸道道督だった誉津別の子孫)の後見人、それに人質としてやって来た新羅王子を集めて命じた。
「皆と気比大神の五人は大和朝廷を支えることを誓って、互いの名を交換せよ。その上で、開化皇子は太子に、神功三男は次の太子に、神功次男は神託どおり新羅に渡って国王に立て」
つまり、開化皇子は御間城入彦(神功次男)の名を貰って崇神天皇となり、神功三男は誉田別(ほんだわけ、気比大神の名)と語って応神天皇に立ち、気比大神は去来紗別(新羅王子の名)と称することになった。次兄の稲飯は神功次男の後見人となり、新羅への渡航を言い渡された。
 この奇妙な名前交換は、過去の失敗から学び取った知恵だ。かつて、素戔嗚も日神も二家(出雲熊野家と佐太国、日前と邪馬台国)の絆を深めたいとして互いの嫡子を取り替えたが、結果は対立を煽った上に武力衝突まで招いた。磐余彦はその轍を踏むまいと、名前交換だけに止め置いたのだ。
「応神紀」、「太子は竹内宿禰と共に敦賀の気比大神を参拝して、互いの名を取り替えた。太子は誉田別尊となり、大神は去来紗別神となった。しからば、太子の元の名は去来紗別尊だったことになるが、詳しいことはわからない」
『新撰姓氏録』、「稲飯は新羅へ渡り、国王と交わる」

B三つ目の仕事は、垂仁が神璽とした祭器を後世まで伝え残すことだ。敵とは言え、元をただせば同族の最高権力者が所持してきた祭器を粗末に扱えるものではない。一方、そのまま残しておくのも計り知れない危険がつきまとう。いつの日か、これをかざして騒ぎ立てる者が出現するやも知れないからだ。そこで、神鏡の外周部分を欠き取ることに決した次第だ。
磐余彦はこの一件にケリをつけると、垂仁のもう一つの神璽だった十握剣を経津御魂に戻した上で、天(水)軍ともども可美真手(饒速日と鳥見屋姫の児、味間見を襲名)に授けて命じた。
「天(水)と磯部からなる石神(石上)家を継承して物部氏と名のり、高千穂宮での高皇産霊(経津主)と同じ心意気でもって大和朝廷を守護せよ。あわせて、磐余彦火火出見の宮殿を夜も昼も守り通せ」
 つまり、饒速日末裔の物部氏は、海幸彦が火火出見に頭を下げて謝った際の、「夜も昼も火火出見の宮殿を守って仕えるから、許してくれ」という誓約だけでなく、
「この十握剣は、経津主とも称した高皇産霊が女帝(天常立)と天下を守り抜いた鉄剣だ。」という口上までも家訓に押し付けられた上で、大和朝廷の軍事筆頭職に据えられた。
その際に、七枝刀の祭祀も従前通り託されたのであろう、「先帝以来見たことのないこの刀を、百済王と太子は国も命も守護して下さる倭王に、報いる気持でつくった。願わくば、この刀が永世まで伝わるように」という百済王のたっての願いも、従前どおりに守り通すことになった。
磐余彦はこうすることによって、饒速日を慕ってきた邪馬台国の民に約束ごとの大切さを教え込むと同時に、彼が約束堅かったと末代まで伝え残そうとしたらしい。

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