『邪馬台(やまと)三国志』を検証してみよう

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zoom RSS 梗概(あらすじ)1

  作成日時 : 2011/01/03 10:47   >>

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◆@〜Lホームページ参照 M二三八年、女王の大夫が洛陽に到って明帝に見え、金印「親魏倭王」・鉄剣・銅鏡を授かった。
数年後、呉に与した瓊瓊杵が北九州に攻め上った。その最中に、火明・日高見・尾張勢がヒミコを引きずり下ろしにかかった。笠縫邑に上之宮を遷した女王は魏の意向に沿って瓊瓊杵と和睦し、謀反した一派を東国や常陸に追い払うと、日向から招いた海幸彦に火明と饒速日の家督を継がせて火明饒速日と語らせた。
N二四〇年代後半、ヒミコは饒速日を次の倭王に、巫女で侍女の豊鍬入姫(トヨ)を宗女に指名した後、倭姫らと伊勢五十鈴宮に遷って祝の宮を建て、夫がそこに降臨してくつろぐようにと祈った。翌年、ヒミコが齢八十余で逝くと、旧上之宮真南に郊祭して葬られた。(箸墓古墳の円形部)
 大葬を終えた饒速日は天(厳)を日本の倭に組み込むや、纒向珠城宮に日本王朝を開いて独り倭王(三代垂仁)に立ち、天照御魂神(真経津鏡)複製鏡と十握剣を神璽として自ら王朝を守ってみせると豪語した。
 素戔嗚がこれに猛反発したことで、千余人が殺害される抗争に発展した。この騒乱もトヨが二代目女王に立つ、南国勢との協調を図る、三嶋流神国づくりに励む、饒速日が火明妃の日葉酢姫ら五姉妹を娶る、火明の児(五十瓊敷・大足彦)を太子に立てる、大己貴を卿に格上げし政を委ねることで、沈静化した。
 同じ頃に瓊瓊杵が逝った。跡継の火火出見は都城市都島に高千穂宮を開いた。ついで、隼人町に遷都した。
 二七〇年頃、トヨが齢三十五で病に倒れた。すぐに倭迹迹日百襲姫が女王に立ったが急逝した。次に幼な巫女の気息足姫(神功)が四代目に就くと、前女王はヒミコの墓に方墳を足して葬られた(箸墓伝説)。
O二七〇年代前半、饒速日は封禅して天神に昇るや三島流神国づくりに熱中したのか、大足彦(景行)が纒向に都して倭王に昇った。景行は天神から熊襲(火火出見)征伐を受けて南征したが、敵に捕われた。
P二八〇年頃、火火出見が逝った。跡継で孫の磐余彦は日神の政と火火出見の遺志を掲げて火火出見と名のるや、宮崎市に高千穂宮を移して東征仕度にかかった。手柄ある勇士には山稜を築いて八咫鏡(三角縁神獣鏡)を副え、天上の日神に見えさせるとも公言した。
 饒速日も仲哀を西海道都督に任じて妻の神功ともども北九州に遣り、西都橿日宮の開闢・熊襲(磐余彦)征伐に当たらせた。だが仲哀は敗れ、神功は寝返って磐余彦の妃に転じたことで、饒速日は、急遽、倭姫(倭迹迹姫)を五代目女王に据えた。
Q二八三年、磐余彦は東征軍と共に日向を発し、二九〇年代末には饒速日率いる日本王朝を倒した。その際、磐余彦と饒速日は伝え持った天璽の天羽羽矢を見せ合い、共に火天神の御子と知った。その後、天叢雲剣(草薙剣)を携えた日本武は東北に走った日高見勢を説得して連れ帰り、兵法極意を達成した。
R三○一年元旦、磐余彦は「天下は一つ、家は一つ」を合言葉に、日本家・大日本家(大倭家)・葦原中つ国と一家になって大和朝廷を開くや、火火出見に成り代わって神璽の鏡剣を捧げ持ち、初代天皇(神武)に即位した。同時に、饒速日の児・可美真手に物部氏の家督を継がせて十握剣を授けた。
 即ち海幸彦が命乞いまでして誓った例の「夜も昼も火火出見の宮殿を守って仕えるから、許してくれ」という言葉どおり、火火出見こと磐余彦の率いる大和朝廷を守護させたのだ。
S三○四年、神武は上之宮南方の鳥見山山中に皇祖天神(日神と高皇産霊)の霊畤(桜井茶臼山古墳)を造って再葬した後、高皇産霊に代わって芝を炊きながら郊祭して天(神)に配し、皇祖皇宗に奉った。
◆日本の上古を切り開いたのは、大陸の南と北からやって来る渡来人たちだった。それぞれの種族が自身の宗教・伝統・風習とともに歴史・神話・伝説も引きずりながら、時には反目し、時には手を携えるなどしてこの島国で生き抜き、日本の歴史を作りあげてきたのだ。
 その中国では王朝が再三入れ替わることで、古い歴史を反映する神話や伝説が断片的にしか残らず、しかもこっけい話が多いことから歴史事実から外されている。だが、その一部が我が国に根づいていて、記紀神話や伝承、地名、風俗・風習、さらには歴史そのものとも深く結びついている。それを根拠の無いつくり話とか単なる言い伝えと切り捨てる前に、日本の古代史とどう符合するのか吟味しなければなるまい。
 司馬遷の言を借りると、「総じて、上古のことを伝える書経や古老の伝承から、あまり離れていないものが真実に近い。それに深く思いを巡らし、心にその意を知ること、そのことが大事なのであって、伝えられてことは決して虚言ではない」ということになる。



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