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zoom RSS 『邪馬台国三国志』古代史の常識と通説を疑え7〈天之国/倭国/倭奴国の生い立ち〉7

<<   作成日時 : 2014/08/23 07:09   >>

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‥‥豊葦原中つ国王朝→豊国(漢一門)+葦原家(厳一門、越オロチ族)+中つ国
G大倭家が出雲を去った後の前二世紀前半だろうか、漢朝内部で跡目争いが起こり、これに関わった漢の王族が倭に流れて来た。時の倭王は、主の居なくなった国東に豊(とよ)なる国を立てて彼らを迎えると、厳(水)系の海部家や在郷の太氏一門も添えて新たな王家を立てさせた。
当然、豊国は漢族の中から王を立て、神聖動物も漢にならって亀と定めた。さらに高祖にあやかって火神を尊んできた。
☆漢の高祖(劉邦)が生まれ育ったのは、楚の沛県豊邑だ。劉邦は秦打倒を決意して沛公に就くや真っ先に黄帝を祀り、ついで豊邑の枌楡(にれ)の社で火神の軍神・蚩尤に武運を祈ったから、この豊邑は漢朝発祥の地と言えなくもない。ちなみに、そこにひるがえる旗や幟は赤一色だった。
Hこれら倭三家・豊国・大倭家の上に立つ倭王は、日高と天(日)から交互に選ばれた。両家が倭王を出せない事態に陥ると、豊国もしくは日隈の皇子が本家の養子に入って倭王に立つこととされた。
その倭王は政の大事が生じた際は、日高と天(厳)の重臣らを一堂に集めてとことん協議させていた。その協議の場は、双方の一字ずつを取って高天の原(高天原)と呼ばれた。高天の原の高は日高、天は天(厳)の意である。
I以上を踏まえた上で、各家が崇めてきた祭器について、筆者の考えるところを述べたい。
「日高は北方系銅鏡(漢式鏡)、天(日)は南方系銅鏡(ときには北方系銅鏡で代用)、天(水)は鉄剣・鉄刀、厳(水)は銅剣、厳(火)は弓矢や鏃、日隈(熊野家)は銅矛、太氏や大倭国は銅鐸、三輪オロチ族は鉄剣・鉄刀であった」と見るのが筆者の考えるところだ。

X@前二世紀後半、倭国王朝を打倒して遠賀川中流域に追いやり、高天の原の新しい主に取って代わったのは、豊葦原中つ国王朝だった。ここに至った経緯は、こうであるらしい。
A天之国一門として立ち回ってきた厳之国勢が摂津の小千族や越のオロチ族を陰で操っては、東方を引っ掻き回していた。王朝方がその首謀者を突き止めないままに、精鋭や親衛隊まで駆り出して鎮圧に向けると、厳勢は豊国や中つ国と結託して倭国の都に押し寄せた。早く言うと、越王勾践の大軍が呉王夫差の都になだれ込んだ歴史を再現して見せたわけだ。

この奇策を練って強行策に及んだ首謀者は、越オロチ族一門として宗像家に仕えてきた葦原家当主の天叢雲(むらくも)だった。
騒動が一段落すると、葦原家の天叢雲が豊国や中つ国と一緒になって新王朝を打ち立てた。それが早良近辺に都する豊葦原中つ国王朝だった。この王朝は銅剣でもって蛇神を崇める厳(水)一門の葦原家が大黒柱となり、火神を称える豊国、地の神を祀る中つ国が両脇からがっちり支える体制下で、米づくりや黄帝流の神国づくり、即ち徳治や不老不死の実現を国是に掲げていた。
【吉武遺跡】(福岡市)、吉武遺跡は早良平野の南西にあって、広さは東西六○○b、南北一三○○bもある。その中の樋渡・高木・大石地区から、群集した甕棺墓や木棺墓が見つかった。高木地区の三号木棺墓からは、銅鏡・細形銅剣・銅矛・銅戈など青銅器四種と共にヒスイ勾玉が出た。前二世紀の墓とされる。弥生前期の高殿らしき大型建物址も発見された。

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