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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え127〈熊野村の戦い〉2

<<   作成日時 : 2015/01/26 07:23   >>

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C翌朝、夢からさめた天香語山は、手許に届いた十握剣を眺めている内に、なぜか恨みが込み上げて来て、これまで先祖に対して義理の欠き通しだったと思い知った。彼は先祖に深く詫びる気持で、
「わが先祖の天照大神と天鹿児山は、素戔嗚の手勢に踏みつぶされた。大己貴の日隅家も、素戔嗚・五十猛率いる熊らに乗っ取られた。わが先祖は素戔嗚一門に遭遇して以来、悲運の見舞われ通しだ。思い起こせば、先祖から託された私の責務は、その恨みを晴らすことにあった。今、その時がやって来たのだ」
と誓うや、直ちに八咫烏らを率いて敵討ちに乗り出した。一方の熊らは、
「偽りのヒミコだ。帰服することなどない。高倉下は調停役ではなかったのか」
と叫びながら迎え撃つ態度に出たものの、日矛が素戔嗚御霊、十握剣も天照大神御霊や饒速日の御璽だったことで、うかつに手出しすることも叶わなかった。この間に、十握剣を奉じた天香語山軍・八咫烏らが熊の本陣めがけて突撃した。ついで、神功軍と武甕雷軍が日矛をかざしながら、横合いからキリのごとく突いて出た。すると、熊軍は蜘蛛の子が散るごとく山中に逃げ込み、残る者も船で沖へと逃げ去った。
【二木島祭り】(三重県熊野市)、近くの室古神社と阿古師神社の秋祭りでは、笛・太鼓をならしながら二隻の船が競走する。これは、磐余彦軍が賊軍を追撃したことに由来するという。
Dこうして磐余彦は熊らに辛うじて勝ったが、一時は命にかかわるほどの不覚を取った。それは、兵法極意の達成にこだわってきたからだ。彼は幼少の頃から、石神の再来と騒がれて磐余彦なる名で呼ばれ、自身も石神に並び立ちたいと常々願っていたから、今度こそは血を流さずに勝たねばと心に決めていた。
そのため、河内では武器の使用を極力控え、紀伊では熊らをなだめすかし、熊野でも天香語山の帰順に努めてきた。その後のことも、彼は万全を期したつもりでいた。熊らが東征軍を追尾して来ても、御坊の神功軍がこれを食い止める手はずになっていたことだ。だが、熊らはその裏をかいて熊野神邑に押し入り、不意討ちをかけてきたのだ。
磐余彦はこれを予期できなかったどころか、熊野でも兵法極意の達成を夢見ていた。神功と武甕雷も天香語山を帰順させるところまで漕ぎつけたが、その後は磐余彦を一刻も早く救い出したいばっかりに、刃を血で染めてしまった。
 
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