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zoom RSS 『邪馬台三国志』古代史の常識と通説を疑え149〈建国式と神武天皇の即位〉

<<   作成日時 : 2015/02/21 06:49   >>

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‥‥建国式と神武天皇の即位→三〇一年(辛酉年)元旦
@年が明けた三〇一年(辛酉年)元旦、雅楽が厳かに流れて猿女君(天鈿女の子孫)らが神楽を舞い踊る中で、磐余彦は建国の儀と即位式に臨んだ。儀式が盛り上がったところで、彼は火火出見愛用の礼衣を纏った姿で現れ出て、神日本磐余彦火火出見と名のるや、神璽の鏡剣を捧げ持って大和朝廷の建国を声高らかに宣言した。これを祝福して、可美真手が中つ鏡・辺つ鏡など瑞宝十種を奉献し、ついで神楯を持った近衛兵を御前にずらりと並べて忠誠を誓った。斎部の天富も天璽の鏡剣を捧げながら祭壇に奉った後、朗々と祝詞を詠み続けていた。
ここに、火火出見の夢が叶って大和朝廷が始動した。磐余彦はその初代天皇に立つことから、始馭天下之天皇(初めて国を治めた天皇)と呼ばれ、後世に神武天皇と諡された。スメラミコトなる呼称がシュメールに由来することは、皆の認めるところだ。
秋七月に、垂仁が崩御した。その年の暮れに、広い周濠に満々と水を湛えた垂仁陵が完成した。その雄姿は中国の人々が東海上に浮かぶとした三神山の一つ、蓬莱島に模して造られていた。
「神武紀」、「辛酉年の春正月に、天皇、橿原宮に即帝位(あまつひつぎしろつめ)す。是歳(ことし)を天皇の元年とす」、
「畝傍の橿原に、宮柱底磐(みやはしらしたついは)の根に太(ふとしき)立て高天原に搏風峻峙(ちぎたかし)りて、始馭天下之天皇を、号(なづ)けたてまつりて神日本磐余彦火火出見天皇と曰す」

A翌春二月、神武は東征と建国に手柄を立てた者らを集めて褒め称え、恩賞で以って報いた。一番の功労者・道臣に対しては、所領に家も添えて傍らに侍らせた。久米には畝傍山西に土地を与えて住まわせた。終始、東征軍の先頭に立ってきた椎根津彦に対しては、大和国造なる地位が用意されていた。
竹内宿禰は、「命ある限り大臣を勤めよ」との誉ある言葉を賜った。その児・襲津彦は大和の葛城鴨族を配下に頂戴した。
逆に、不運な目に遭った者たちもいた。西南征夷将軍だった彦狭嶋は、東山道都督として東国赴任を命じられたが、実際は追放同然の沙汰だった。高齢の彼は病を押して都を発ったものの、その日の内に倒れて逝った。その屍は大和で葬られることもなく、東国へ運ばれていった。
景行は公務に一区切りつけたところで、都督に格下げされて大津高穴穂宮に遷った。
「神武紀」、「二年の春二月に、天皇、功を定め賞を行いたまう。・・珍彦を以て倭国造とす」
「景行紀」、「五十五年春二月に、彦狭嶋王を以て、東山道十五国の都督に拝(つ)けたまう。是豊城命の孫なり。然して春日の穴咋邑に到りて。病に臥しみまかりぬ」

B翌月、垂仁(火明饒速日)の命で十年前に常世へ遣いした田道間守(たじまのもり、天日槍の四代目)が、不老不死の果実・ミカンの木を持ち帰った。彼は垂仁の逝去を聞くや、墓前に参って泣き伏した。
「詔を拝命して、常世に遣いして参りました。使命を遂げたい一心から万里の波頭を乗り越え、遥か弱水(よわのみず、西域・天竺)まで足を運びましたが、そこは神仙の住む秘境にあって、俗人の行く所ではありませんでした。
往復に彼これ十年も費やしてしまい、再び大海原を渡って戻れるとは考えもしませんでしたが、仙化した帝の神霊に導かれて、漸く帰国が叶いました。
だのに、天皇はすでにこの世になく、復命もままなりません。私めは、これ以上生きていて何のお役に立ちましょうぞ」
彼はこう言うや、墓前で自ら命を断った。奈良市尼辻町に築かれた垂仁陵は、宝莱(ほうらい)山古墳と名づけられた。その周濠に浮かぶ小島は常世島と呼ばれて、田道間守の墓とされる。

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